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コハク見参 [雑感]

昨秋の引っ越しを機に、動物愛護センターから再び子猫を譲り受けてきました。年齢はキスケと1歳違い、ほぼ純白のオッドアイで、ちょっとだけ鍵尻尾です。
小さい白ということで、「コハク」と名付けました。愛護センターではキスケ同様猫を被っていましたが、キスケに負けず劣らずのヤンチャ者です。
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キスケは1歳7か月で体重6.4kgの巨漢ですが、コハクは7か月で3.6kgの小兵です。去勢手術は1カ月ほど前に済ませましたが、よく食べる割には体重があまり増えません。
食欲は非常に旺盛で、自分の分だけでは足りずにキスケの分まで横取りします。キスケはそれをじっと見守るだけで、奪い合いになることはありません。

コハクを初めて連れてきた日からしばらくの間、ケージに入れていたのですが、キスケはその前でずっと唸り声をあげていました。
仲良くなれなかったらどうしようと不安でしたが、3日目くらいになるとキスケの警戒心も大分薄れたようでした。

それでも最初の内は、コハクをケージの外に出すとキスケの噛み付きやマウント攻撃が激しく、度々仲裁に入らないといけなかったのですが、その内コハクも嘘鳴きをしたりしてうまくキスケの攻撃をかわすようになり、今では逆に向かっていくことの方が多くなりました。

今ではすっかり仲良くなり、しょっちゅう寄り添って寝ています。でも、相変わらずケンカ遊びは激しく、1日1回は追いかけっこをしたり取っ組み合ったりしています。
私のパソコン周辺も追いかけっこのコースになっており、いつも冷や冷やしています。キーボードはいつでも切断できるように、スイッチ付USBハブにつないでいます。

キスケは元々とても甘えん坊で、コハクが来る以前は毎日遊びをせがんできたものですが、コハクが来てからはすっかりお兄ちゃんらしくなりました。
遊びをせがむことはほとんどなくなり、毎日コハクの面倒をよく見てくれています。
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当初は多頭飼いに対する不安もありましたが、今ではコハクを連れて来て、私たちだけではなくキスケにとっても、とても良かったと思います。
ただ、さすがにこれ以上はちょっと厳しいかな。現状が一番良いバランスかもしれません。

タグ: 子猫
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左記リンク商品について [雑感]

「WD TV Live」は一昨年の暮れに購入したのですが、これはいわゆる万能メディアプレーヤーです。当初は居間のテレビでHuluを見たいがための購入だったのですが、各種メディアファイルはもちろん、ISOファイル、そしてDTCP-IPコンテンツの再生も可能で重宝しています。
特にDTCP-IP対応は、Wooo使いの私にとっては大きなメリットでした。

購入当初は動作が重く、再生が途切れる場合がある等の不満もあったのですが、継続的なファームアップのおかげか、最近はすっかりこなれてきたように思います。
発売してからもう2年近くも経ちますが、未だにファームアップを継続しているところも好感が持てます。

ただ、最近は取扱店もめっきり減って私の知る限りAmazonのみとなり、価格も私が購入した時よりも4割以上高くなってしまったことは残念です。
ちなみに、電源を切っても本体が熱いままという声がありますが、リモコンの電源ボタンを長押しすれば完全にシャットダウンできます。

「ASUS EeeBoxPC」は、動画配信用サーバーとしてAtom版を使ってきたのですが、昨年の引っ越し後、ようやく部屋が片付いて来た時に、キスケのダイブで机上のお茶がひっくり返って水浸しとなり、あえなく昇天しました。

その後、ネットでいろいろと調べたのですがなかなか代替品が見つからず、結局、やや値段は張ったものの、消費電力の低さが決め手となり、EeeBoxPCの現行機である「EB1035-B019M」を購入しました。

同機の消費電力は約20Wと低く、常時通電していても電気代が嵩みません。ただし、セルフパワーUSBハブ2台にポータブルHDDを計6台接続して使用しているため、そちらの電力消費の方が大きいかもしれません。

購入当初は何故かWindows7以外から同機の共有ファイルが見えず、当初の目的であったファイルサーバーとしての使用ができなかったのですが、十数日か経った後、突然WD TV Live等のメディアプレーヤーからつながるようになりました。

同機購入前にWindows Updateがあって、その後Windows7以外のネットワークコンピュータが全てのPC上から見えなくなったことがあったのですが、同機購入後十数日してまたしてもWindows Updateがあり、それ以降前述の不具合がなくなったことを考えると、先のUpdateが悪さをしていたとしか考えられません。それまでの間、ネット等で必死に調べたことが馬鹿みたいです。

まあ、何にしましても今現在、EeeBoxPCは快調にメディアサーバーとして働いています。
ちなみに、同機は我が家初のWindows8機で、購入後すぐにWindows8.1にアップグレードしました。動作も軽く、使い勝手は良好です。

ところで、少しでも節電しようと、自動スリープ後に休止状態に移行するよう設定していたのですが、Wake On LANを設定していたこともあって頻繁に再起動が掛かり、HDDの起動回数が数カ月で2千回近くになっていました。さすがにこれはヤバいと思い、休止状態への移行設定は取り消しました。

「まちの相場師」は、相場の勉強本といった類のものではありません。これは阿佐田哲也氏の「麻雀放浪記」のような、痛快賭博小説(ドキュメンタリー)といった感じのものです。
ドサ健や坊や哲のような癖の強い登場人物たちが、相場の世界で生き抜いていく様に、思いっきり感情移入できます。

本書の内容は一見勉強になるように見えて、恐らく悪影響の方が大きいかもしれません。それでも、相場を始めたばかりの頃のようなわくわく・ドキドキ感を思い出すには十分です。
息抜きのつもりで、トレードの骨休めにでも読んでみたい一冊です。

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アンダルシアの虹 [雑感]

この魅惑的なタイトルに惹かれてNHKオンデマンドにアクセスしたのは、1カ月くらい前のことでしょうか?
そこに映し出された映像は、古めかしくて懐かしく、それでいて新鮮なものでした。

これは一体何なんでしょう?ドキュメンタリーのようであり、そうでないようでもある。
主人公の栄子を通して見たスペイン・アンダルシア地方の抒情的な光景が、美しい調べと共に画面一杯に広がります。

しかし、その主役はその光景ではなく、ましてや栄子自身でもありません。栄子と関わる多くの「ひと」が、この映像作品の主役であり、栄子の目と耳を通して彼らジプシーの生きざまを、ごく自然に映し出しているのです。

彼らは演じているようであって、演じていないようでもある。この背反的な演出が、この作品に不思議な揺らぎをもたらしているかのようです。
それは1/f揺らぎのように、心地よい感覚を誘います。

主人公の栄子を演じているのは、中尾幸世さん。そして作・演出は、佐々木昭一郎氏。これは、NHKが1980年代初頭に制作したドラマ「川(リバー)」3部作の2作目であり、1作目はイタリア、3作目はスロバキアを舞台にしています。
主人公の設定はほとんど同じ。当然、中尾さん、佐々木氏の作品です。

栄子はピアノ調律師であり、1作目「川の流れはバイオリンの音」では、壊してしまった妹のバイオリンを修理するために、ポー川が流れるイタリアの町を訪れます。
そこで様々な「ひと」と出会い、様々な人生に立ち会います。その流れは、2作目以降にも引き継がれます。

3部作に共通するのは、子供、老人、そして生と死。栄子は必ず子供と関わり、老人と関わり、そして彼らの生と死を見つめていきます。
その時代、その地方の社会的背景も絡み合って、物語は栄子を通じて様々な「ひと」の間を行き来しながら進行します。

劇中に挿入される、栄子が出会った「ひと」のデッサン、そして栄子のピアノ演奏。これらは全て、中尾さん自らが行なっています。
印象的なのが、劇中で調律に用いるA(ラ)の音叉。これは栄子のAであり、象徴です。事実、1作目では栄子はA子でした。

3作目「春・音の光」の最後で、栄子はその音叉をラド少年にあげます。これは、栄子の旅がそこで終わることを、そしてラド少年に引き継がれたことを表しているのではないでしょうか。
その後ラド少年は、サーカスで各地を転々とする両親を追い求めて、旅に出るのです。

栄子を演じる中尾さんの、ちょっと気恥ずかしそうな口調、射るような眼差し、そしてはにかんだような笑顔。
それらと短いセリフ回し、独特の「間」が、映像にリアリティをもたらし、ドキュメンタリーのような説得力を生み出しています。

作品を観終えた後の充足感、そして長く続く余韻は、佐々木氏の演出と中尾さんのキャラクターあってのものでしょう。
これら3作以前に、栄子(榮子)の生い立ちを描いた「四季・ユートピアノ」が、制作されています。ただし、設定には若干の食い違いがあるように思います。

それ以外の佐々木作品も、NHKオンデマンドで配信されており、いずれも特選見放題パックで視聴することができます。
あるいは、単品210円での視聴もできますので、興味のある方はぜひ一度ご覧になってみてはいかがでしょう。

ちなみに、中尾さんはこれらの作品を最後に、一般人としての道を歩んでいます。NHK朝ドラのヒロインにという話もあったようですが、お断りしたそうです。
現在は50代半ばくらいなんでしょうか?朗読家として活躍されているようで、ネット上にファンサイトが存在します。

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裁定機会? [雑感]

今日、所用があって外出したついでに、ドン・キホーテに寄ってきました。実は一昨日も立ち寄ったのですが、その際、Panasonicブルーレイレコーダー DIGA DMR-BWT510-Kが、限定3台携帯会員価格34,800円で売られているのを目にしていました。

売り出し期間は3月2日~11日だったと思いますが、もちろん、こんなお買い得品は速攻で無くなっているものと考えていました。
しかし、4日はまだ3台、今日行ってもまだ2台も残っていました。

知っている人は分かると思いますが、この機種は旧機種ながら非常に人気が高く、価格.comでも4万円以上しています。量販店では未だ5万円以上することがほとんどです。
個人的にも、もしもブルーレイレコーダーを買うとしたら、この機種かもうワンランク上のBWT710を候補に入れていました(Woooとの相性の良さが一因です)。

さて、この製品に関しては現時点で、少なくとも適正価格(一般の人が普通に買える価格)と5千円ほどの価格差が生じています。これは言葉を変えれば、裁定機会のようなものです。
すなわち、この商品を購入してオークション等に3万5千円以上で出品すれば、3万5千円以上4万円以内の価格で落札される可能性があるということです。

ここでは簡単のため、送料や保証の問題は考慮していませんが、保証についてはドンキの保証書を添付すれば通常保証が受けられると考えられますので、あまり気にする必要はないでしょう。
送料を考慮しても、うまくすれば2~3千円程度は儲けられるかもしれません。

もちろん、売れないというリスクはあります。その場合は自分で使うと割り切れば、お買い得品をゲットできたということで満足できます。
そう考えると、これはけして損な取引ではないように思えてきます。

しかし、商売として考えると、この方法は成り立ちません。なぜなら、これが単発的な裁定機会に過ぎないからです。
上手く立ち回れたとしても、せいぜい2台が買える程度。しかも、台数が増えるほど、売れ残りリスクは高まります(自分でも使いきれなくなってしまいます)。

それでいて粗利益率はせいぜい10%ですから、下手をすると、骨折り損のくたびれ儲けに終わってしまうかもしれません。
結局のところ、裁定機会が継続的に存在することが、この手の商売の必要条件になります(もちろん小遣い稼ぎ程度であれば関係ありませんが)。

では、このような商売が成り立たないのかと言いますと、けしてそのようなことはありません。と言いますか、ほとんど全ての商売は、似たような側面を持っています。
それが最も顕著に表れるのが、例えばリサイクルショップなどでしょう。

ハードオフで売買したことのある人はお分かりかと思いますが、大抵の場合、買取価格の5~10倍程度の価格で販売しています(最新人気製品の場合はその限りではありません)。
これは、例えば200円で買って1,000円で売る、あるいは100円で買って1,000円で売るということですから、粗利益率は実に80%以上ということになります。

これを暴利と考えるか、これが普通だと考えるか、考え方は様々ですが、買い取り値を材料原価とし、不良率が異常に高い製品を販売していると考えれば、まあ、こんなものなのかもしれません。何より、ハードオフが潰れもせず、さりとて急成長を続けているでもないことを考えると、この程度のところが丁度バランスが取れているのでしょう。

さて、そう考えると、安い製品をせっせと仕入れて10%程度の利ザヤを付けて売るという商売は、よほど安定した仕入れ先を継続的に発掘して行かないと、かなり難しいだろうということが想像できます。

もちろん、個人の小遣い稼ぎレベル、あるいはせいぜい自営業レベルで考えれば、このような商売が成り立たないわけでもないでしょう。
実際、「せどり」などはテレビ等で結構紹介されていますし、IOデータのユーズド品販売等を見ていると、明らかに転売目的と思われる人が結構います。

しかし、発展的なビジネスを目指すのであれば、もっと誰も気が付いておらず、しかも継続的に存在する(だろう)裁定機会を探すべきでしょうし、実際、多くの成功者たちはそのようにして自らの事業を立ち上げたのだろうと思います。

さて、以前だったら喉から手が出るほど欲しかったDMR-BWT510-Kですが、そんなこともあって、グッと我慢しました(実は嫁が横で睨んでいたので・・・)。
と言いますか、実は最近、ブルーレイレコーダーの必要性をあまり感じなくなってきていることが、購入を見送った最大の理由です。

その最大の要因は、コンテンツのネットワーク化の推進です。いちいちブルーレイに焼いて保管するより、HDDにコピーして保存する方が遥かに使い勝手が良いからです。
最近は安価で高機能・高性能なメディアプレーヤーが多く出ていることも、ブルーレイレコーダーの購入に二の足を踏ませています。

ということで、今日はポータブルHDDを買いにドンキに行きました。先日入会した家電御贔屓カードの入会特典(500円割引券)が送られてきましたので、それと家電御贔屓カードを使ってAPOLLO-Expert(500GB)を3,480円で購入しました。

これはあまり人気がないようで、ネットなどでもほとんど見かけませんが、中身は東芝製の2.5"HDDで、もちろん動作も全く問題ありません。
実際、価格.comでは1店舗のみで7,531円、Amazonでも2店舗のみで8,776円からと、非常に高止まりしています。

この製品の難点は、アクセスランプが異常に眩しいことと、カラ割りが難しいことくらいです。まあ、人によってはデザインが安っぽいと感じるかもしれません(私は結構好きです)。
ケースが安っぽい分非常に軽量ですので、ネットワークコンテンツの保存には最適です。

ちなみに、ドン・キホーテ長岡インター店には、今日の午前中時点でまだ10台ほどありました。価格は通常で5,980円ですが、家電御贔屓カードを使うと2千円引きの3,980円になります。
なぜか同じAPOLLOの250GB品が、7,980円(しかも値引きなし)で随分前から売られています。一体誰が買うんでしょう?

さて、価格.comにおける500GBポータブルHDDの最安値はLaCieの5,214円ですが、APOLLOとの価格差は1,234円、率で言うと31%もあります。
平均的な価格帯は6千円程度でしょうか。それを基準にすれば、更に価格差は大きくなります。

これくらいの差があれば結構な利ザヤが稼げそうですが、致命的な欠点があります。それは言わずもがな、前述したように、この製品が非常に不人気であるということです。だからこそ、このような低価格で売られているのでしょうが。

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2011年を振り返る [雑感]

2011年は正に激動の一年でした。それは、社会、政治、経済、科学、自然、そしてトレード、更には私個人にとってです。
特に、3月11日の東日本大震災を境に、全てが大きく動き始めたように感じます。

それらの芽は、恐らくもっと以前から存在していたのでしょう。3.11は、単に記憶に刻まれた一里塚に過ぎないのかも知れません。
しかし、それでもなお、今年は大きな変動の始まりであり、来年はそれらの結果が現れ始める年になるのではないかという気がします。

少なくとも3.11の出来事は、その後の政治経済に大きな影響を与えました。そして同時にそれは社会に波及し、私個人にも強い影響を及ぼしています。
自然の猛威はいつの時点においても存在するものですが、それが極大化した結果、原発というパンドラの箱の破壊につながったように思います。

それは同時に、長く続いた平和にマヒした日本人の危機感を呼び覚まし、大きなうねりとなって、社会に広がろうとしています。
それを阻止したい既存勢力と、新たな秩序を求める勢力との衝突が、今後増えていくのではないかと想像します。

その一方で、日本人の絆を深める動きが強まったこともまた事実でしょう。「絆」は今年の漢字にも選出され、国際社会にも日本人の絆の強さを印象付けました。
しかし、同じ日本人の中でも、ネガティブの度合いを強めてしまった人々が、少なからず存在することもまた事実であり、残念なことです。

さて、ここからは私個人の話になりますが、3.11以降どうにもやる気が湧かず、ここまでズルズルと来てしまった感じです。
難しい相場環境が続いたこともあり、逆にこれはシステム検証にとって又とない機会だと考え、取り敢えず既存システムによる運用(仮想を含む)を継続しました。

その結果は、「今週の投資成績」を含めこれまでに何度か記してきた通りであり、残念ながら芳しいものではありませんでした。
一時的にせよ、3.11後のドローダウンから脱したことは評価できますが、それが最終的な収益に結び付かなかったことは、今後に課題を残しました。

これはあくまで私の印象であり、検証した訳ではないのですが、2日もしくは3日ほど大きく上げ(下げ)た後、一気に反落(反発)するパターンが多かったように思います。
それが運用中のシステムの周期と不整合を来たし、急激かつ大幅な変動によってシグナルが出たところで梯子を外される、というチグハグなトレードを増やしました。

この1年で、市場は2割近い下落となったわけですが、買いのみのシステムならばともかく、売りと買いとが同等のドテンシステムにおいては、これは逆に2割近い収益を上げる機会でもあったわけで、それが達成できなかったということは、明らかにシステムがうまく機能しなかったということになります。

もちろん、システム設計上は現時点においてもまだ十分想定の範囲内(機能中)なわけですが、今年1年がたまたまシステムの停滞期間に当たったのか、あるいは機能停止の始まりなのかは、あと半年くらい経ってみないと分かりません。
少なくともそれまでは、現行システムの運用を続けていくことになると思います。

最後に、個人的には今年は散々な年でした。父の介護負担の増大や義父の突然の他界など、高齢化社会を象徴するような出来事が続きました。
これらについては、もし今後も長くブログを続けているようであれば、いずれ述べる機会があるかと思います(少なくとも今はその時期ではありません)。

その所為ばかりという訳ではありませんが、3.11後の無意識な意気消沈も相まって、システム開発は元より、ブログや研究所サイトの更新が疎かになってしまったことは、大きな反省点です。
コラムの内容もトレードから離れたものが多くなり、研究所サイトのアーカイブページの更新に躊躇するほどです(長らく更新せず申し訳ありません)。

それというのも、ベースとなるシステム開発が滞っていた所為ではありますが、様々な理由により集中力を持続することが困難になってきたことが、その背景にあります。
来年は、多少のイレギュラーな出来事の影響を最小限に抑えられるよう、余裕を持った計画を立てて実行していきたいと考えます。

また、最近ようやく、イレギュラーな出来事の原因や予兆のようなものが少しずつ分かるようになり、一部については事前に予防処置が取れるようになってきました。
来年はその対象を更に広げ、余裕を持って事に当たれるようにしていきたいと思います。

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シストレで学んだ3つのこと [雑感]

私がシステムトレードらしきものを始めて8年弱、現在のスタイルに落ち着いて4年半ほどが経ちました。
その間、いろいろと思考錯誤しながらシステムをいじってきましたが、その中で学んだ重要な考えが3つあります。

一つは「順張り思考と逆張り思考」です。この相反する概念は、実は一つの事象の表裏でもあります。そして、その考えはメタファーとして、一般社会にも適用することができます。
これらを広義に定義すれば、順張りとは「ある事象に対してそれに順行する考え」、逆張りとは「ある事象に対してそれに逆行する考え」であると言えます。

例えば、ある人物について考えてみます。その人物に対して順張り的な態度とは、その人物の行ないなどに対して賛同し、彼に好意を抱いたり彼を模倣しようとしたりすることです。
一方、逆張り的な態度とは、その人物の行ないなどに反対し、彼を嫌悪し反面教師にしたりすることです。

その人物に対するこの包括的な態度は、彼の個々の行動に対する考え方にも影響を与えます。すなわち、彼が正義の行動を取った場合、彼に対して順張り的な人々は彼を称賛するでしょうし、彼に対して逆張り的な人々は単なる点数稼ぎとしか思わないでしょう。

では、この包括的な態度がどのようにして形成されていくのかと言いますと、それは逆に、その人物の個々の行動の結果の積み重ねということになってしまいます。
結局、全体が個を決定づけると共に、個の積み重ねによって全体を形成していくという、非線形の関係になってしまうわけです。

だからこそ人間関係は難しく、どうしようもない駄目人間に傾倒してしまったり、優れた人物に反感を抱いたりするのでしょう。
それを打破するためには、あくまで行動に対して態度を決定する、すなわち包括的な態度を固定しないことだと思うのですが、それはそれで人間の感情を否定することにもなりかねません。

私たちの身近な人物に対する態度は包括的であってもやむを得ず、場合によっては包括的であるべきですが、公的な人物、特に権力者に対しては、行動に対して態度を決するべきではないかと考えます。そして、それが的確に判断できるように、私たちは社会のルールを学び、歴史を学び、哲学を学び、そして科学を学ぶのです。

そうして、その人物の行動が学んだ規範に対して順張り的であるならば応援し、逆張り的であるならば反発すれば良いのではないかと思います。
その人物は、応援を受けたらその行動を拡大し、反発を受けたら縮小もしくは転換する。こういったことが自然に行なわれるようになれば、その社会はより良いものになっていくでしょう。

ただし、このような対応が適正に行なわれるためには、私たちが学んだ規範が正しく評価されたものである必要があります。
然るに、二つ目の重要な考えは、「正しく評価する」ということになります。

これについては、過去のコラムで何度も述べてきましたので、今ここで新たに付け足す内容はありません。
システムにしても、科学にしても、経済にしても、社会にしても、人間関係にしても、正しく客観的に評価することが重要であり、それが全ての規範の大前提となるのです。

そして三つ目の重要な考えは、「リスクとリターン」です。これは、ちょっと別の言い方をすれば、「あるべき姿とそこからのズレの推移の確認」とでもするべきでしょうか。
私たちは何か事を成し遂げようとする時、将来のあるべき姿を、その途中経過と共に思い描くことでしょう。

その際、理想的な成果とそれに至る過程について、全くブレずに事が進むなんてまずありません。実際には、時間的あるいは目標とする成果の出来のいずれか、もしくは両方が、理想からズレてしまう場合が多々あるのではないでしょうか。

それはいわば必然であり、皆無にすることはできません。もしもそれを無くすることができるとしたら、すなわち、目標に対して全く時間的・成果的なズレを生じさせずに、それを達成できたとしたら、それは最初の目標そのものがカーブフィットされたものなのかもしれません。

私たちは、理想と現実との間にギャップがあることを十分に認識しつつ、そのギャップが少しでも縮まるように、目標を実現するための手段を構築していくことが肝要です。
目標に対する途中成果の推移は、理想状態に対してズレが生じることを認めた上で、そのズレを合理的に設定してやることが最善の策ではないかと考えます。

これはマージン設計にも通じる考え方です。例えば工業製品の出来上がりには、必ずバラツキが存在します。そのバラツキを踏まえた上で、最悪の方向にバラついても要求仕様を満たすことが、設計や製造過程に求められるわけです。

そのバラツキを技術的な改善によって縮小することはできますが、けしてゼロにすることはできません。それは自然の摂理ですから、それをゼロにするという前提そのものに、意味がないことになります。

また、バラツキが大きすぎて要求仕様を満たすことができない場合は、全体のパフォーマンスは落ちてしまいますが、選別を行なうという最終手段も残されています。
これをシステムトレードに当て嵌めてみると、どういったことになるでしょう。

そもそも、トレードの世界は工業技術とは比較にならないほどバラツキが大きいわけですから、ある意味、この「選別」という作業は必須なのかもしれません。
その辺りを手掛かりにすると、新たなシステム開発のヒントが見えてくるのではないでしょうか。


PS.私事で大変恐縮ですが、明日は早朝から用事が入っていますので、コラムを休載させていただきます。何卒ご了承ください。

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キレても何の得もない [雑感]

ネットショッピングでは、時として不良品に当たってしまう場合があります。その場合、店舗購入とは異なり、相手の顔が直接見えない中で、交渉に当たらなければなりません。
また、店舗購入であれば実際にその商品を持ち込んで、それにどのような不具合があるのかを、具体的に説明できますが、ネット購入の場合はなかなかそうはいきません。

結局、電話なりメールなりで不具合状況を説明しながらの交渉になるわけですが、大抵の場合はその交渉過程が記録として残されることになります。
その場合、第三者から見てどちらの言い分が筋が通っているかを、常に念頭に置く必要があります。

例えばAmazonの場合、直接購入する際はほとんど不良に当たることはありませんし(怪しげな商品は基本的に売っていない)、万一不良があった場合、電話なりメールなりできちんと説明すれば、ほとんどの場合は直ちに交換か返金に応じてくれます(あくまで私の経験ですが)。

問題になるのは、いわゆるマーケットプレイスで購入した品物に、不良が見つかった場合です。この場合は、基本的には出品者と交渉することになるわけで、Amazonはその交渉が決裂しない限り、関与してきません。
マーケットプレイス保証も、あくまで交渉が決裂した場合の保険のようなものです。

さて、マーケットプレイスの場合、購入した商品が不良品だった時は、メールで出品者に連絡するわけですが、その際、最初に商品発送に対するお礼を述べた後、できるだけ丁寧な文章で、不具合の内容を具体的かつ客観的に記すように心掛けます。

そして、その不具合に対する自分の見解を述べ、さらに出品者の見解を問うた後、交換もしくは返品・返金の要求を「やんわり」と記します。
出品者が良識のある方なら、大抵はこの段階で発展的な進展があるものと思われます。

すなわち、交換や返金に応じるか、もしくはそれが初期不良に当たらない理由を述べるか、こちらに対して追加の確認項目を示して回答を求めるか、でしょう。
これらはいずれも真っ当な行為であり、当たり前ですが、それに対してはこちらも真摯に対応しなければなりません。

この段階で、直ちに交換や返金を強要すると、この交渉はこちらにとって不利なものとなるでしょう。この場合、最終的な判定者はAmazonになるわけで、Amazonから見てどちらの言い分に分があるかが非常に重要になってくるわけです。

少なくともこちらの言い分に非がないとAmazonが判断したならば、出品者に対して要求を伝えてくれますし、大抵の場合はこの段階で出品者から返金の申し入れがあるでしょう。
それでも出品者が拒否姿勢を示す場合は、Amazonがマーケットプレイス保証の名の元に、返金処理を行なうのでしょうが、私はまだこの段階に至ったことがありません。

さて、ここで重要となってくるのが、最初に出品者に送る問い合わせメールです。このメールでいきなりキレた発言を行なうと、たとえ本当に不良品を掴まされたとしても、その後の交渉は厳しいものになると思われます。

これらのメールは(直接出品者に送るのでなければ)全てAmazon側に保管されますので、後日トラブルに発展した場合、重要な証拠となります。
これに対して出品者が拒否の姿勢を示したならば、その時点で(たとえ不良品でなく単なる相性問題や設定ミスなどであったとしても)、こちらが圧倒的に有利な状況になります。

ただちにマーケットプレイス保証を申請し、今までの経緯として当方および先方のメールを参照すればOKです。
クレームは交渉事です。最初からいかに有利な立場に立つか(判定者の心証を良くするか)、が重要です。

さて、メールの場合は比較的冷静に対応することも可能でしょうが、電話の場合ですと(見えない)相手のあることですし、相手の対応次第では冷静でいられなくなることも多々あります。
その場合も、こちらは冷静に事実を伝えるしかありません。感情論になったらアウトです。

また、(よくあることですが)オペレータが技術に疎い場合、なかなか話が伝わらない場合があります。それでも、キレたりせずに根気強く話を進めなければなりません。
先方は、とにかくこちらに商品を送ってください、と言うかもしれません。その場合、無条件に送付すると「異常なし」で戻ってきてしまう可能性があります。

できれば、先方が不良と判断する基準を確認しておきたいところですが、その辺はなかなか教えてくれない(もしくは知らない)かもしれません。
その場合、あまり深追いはせず、商品返送時に具体的かつ客観的なデータを添付し、それに対するこちらの見解を記しておくべきです。

少なくとも、返送された商品は技術者が確認するわけですから、自分がその担当者だったらどのような見解を持つかを想定して、資料を添付すべきです。
そうすることで、こちらの主張が受け入れられる可能性は、グンとアップするのではないかと思います。

いずれにしましても、キレてはいけません。キレても何の得もありません。心証を悪くし、自分の立場を危うくするだけです。
クレームや交渉に限らず、何でもそうですよね。「無礼だぞ!」などとキレてわめいている御仁は、自分が一番無礼であることに気付かず、自らの信用を失墜させているんでしょう。

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コラッツ予想 [雑感]

今日はちょっとネタに窮していますので、頭の体操なんぞを一つ、ご紹介したいと思います。

1よりも大きい任意の整数において、それが偶数だったら2で割り、それが奇数だったら3を掛けてから1を加えるものとします。
そうやって得られた数に、順次それらの操作を行なっていくと、最後はどうなるでしょう?

例えば、最初の数が3だとすると、3→10→5→16→8→4→2→1、となるわけです。この計算からも推察できるように、どのような数をスタートに用いても、最後は必ず1になるだろう、というのが、コラッツ予想というものです。

フェルマーの定理やゴールドバッハ予想のように、累乗や素数なんてものは一切出てきません。ただの算数でしかないわけです。
ひょっとしたら、高校入試くらいで出てきそうな感じすらします。

でも、「予想」と名が付いていることからも分かるように、これは未解決問題なんです。いままで数多くの数学者やアマチュア数学家が証明を試みてきたものの、未だに証明も反証も得られていません。

恐らくは、最も理解しやすい数学の未解決問題であることから、ネットでちょっと調べただけでも、多くの人が証明に挑み、そして証明の間違いに気付き、挫折しています。
かく言う私も、中学時代に証明を試みたことがありましたが、あえなく頓挫しています。

大抵の人は、合同式を用いて証明を試みているようですが、恐らくはそんな基本的な数学の枠組みの範疇では証明できないだろう、というのが、数学者の間で得られつつあるコンセンサスのようです。もちろん、単純な方法で証明できる可能性が、否定されているわけではありませんが。

この問題に関しては、これが証明できたからと言って、現在の数学体系に大きな影響を与えることはない(かどうかもよく分からない)ことから、あまり重要視されていないように思えますが、証明できれば何らかの賞が貰えるかどうかはともかくとして、有名になれることは間違いありません。

腕に自信のある人もない人も、ちょっと暇つぶしに考えてみてはいかがでしょうか?ひょっとしたらひょっとするかもしれませんよ。
何と言いましても、問題そのものは小学生でも理解できるものなんですから。

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不思議なことがあるもんです [雑感]

昨夜、無くしたはずの嫁の携帯が見つかりました。あったのは、一度探してもらったはずの行きつけ(と言いましても1年以上のご無沙汰でしたが)のスナック。
無くした当日、嫁がそこでバッグを落としたらしいのですが、その時には携帯が無くなったことに気が付かず、丸1日近く経ってから初めて携帯が無いことが判明しました。

その日はスナックは休みでしたので、翌営業日の開店前に電話をし、探してもらうように頼んだわけです。
その際、嫁が店でバッグを落としたことを初めて聞いたのですが、その時は携帯が落ちた形跡はなかったとのことでした。

当然、その店で無くした可能性が最も高いと思っていたのですが、よく探したけれど見当たらなかった、という連絡をその後もらいました。
それ以上突っ込んで聞くこともできず、結局その翌日にドコモショップで紛失手続きを行なったわけです。

それが、昨夜突然電話があり、それらしい携帯が見つかったとのこと。店はカウンターのみの小さなスナックで、10日近くも見つからなかったことが不思議なのですが、話を聞くとどうやら椅子の座面裏の隙間に挟まっていたようです。

前日飲みに来た客が、酔っ払って椅子ごとひっくり返った際に、椅子から携帯が飛び出してきたとのことでした。
電池が切れていたため、充電してアドレスを確認したところ、嫁の名前が表示されたので、急いで電話したということです。

直ぐに店に確認しに行ったところ、確かに嫁の携帯でした。結果的に、8千円の交換手数料がもったいなかった、ということになりますが、まあ、ほんの少し新しい携帯に代わったということで、良しとすべきでしょう。

これまで携帯カメラで撮影した写真も無事戻りましたし、その中の嫁お気に入りの写真も、新しい携帯の壁紙に収まりました。
また、電池カバーに貼っていたお気に入りのシールも、カバーの交換で元に戻りました。

今日、警察に電話して紛失届を取り下げると共に、見つかった携帯をドコモの保険会社あてに返送しました。
これでこの一件は一段落です。心配していたデータの流出もなく、ホッとしました。

それにしても、椅子の裏側に入り込むなんて、何という偶然でしょう。確率的には非常に小さいものと思われます。
何度も無くした携帯に電話したのですが、電波届かないか電源が入っていないというアナウンスが流れるのみでした。

その店自体は道路に面していて、電波の通りも悪くないですし、携帯の電池も1~2日で切れるような状態ではなかったと思います。
恐らくは、椅子の構造材(金属)に挟まれた状態だったため、電波がそれに吸収されて携帯に届かなかったのでしょう。

そう考えると、偶然に偶然が重なった紛失劇だったことが分かります。さすがに椅子の裏まで見ることはないでしょうし、そもそもそんなところに携帯が入り込むスペースがあるなんて、想像すらしていませんでした。

そんなピンポイントの場所に、バッグからこぼれ落ちた携帯がどこかに跳ね返って、滑り込んだわけです。
本当に、不思議なことがあるもんです。この強運(?)でLOTO6でも当たらないかと思いましたが、案の定さっぱりでした。もっとも、これは嫁の運ですね。

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帝王バブルの崩壊 [雑感]

オリンパスの、企業買収を巡る疑惑の真相が、明らかになってきました。結局は、90年代の巨額な不良債権隠しのツケを支払わされたようです。
この事実を、当事者以外の現経営陣は、直近まで知らなかったということですが、逆に言えば、当事者たちが10年以上の長期に渡って、権力の座に君臨してきたということです。

その構造が崩れそうになると見るや否や、都合の悪い人物を飛ばし、なおも隠蔽を続けようとしてきたわけです。
当然、その雰囲気は長らく社内にも伝わってきたことでしょう。その結果が、恐らく数年前から続くであろう、コンプライアンスの欠如として現れていたのではないかと思います。

この構造は、大王製紙の事件とほとんど同じです。また、これまでに何度となく取りざたされてきた偽装事件などとも、構造を一にするものです。
一体なぜ、こうも同じような事件が起こってしまうのでしょうか?

その最大の理由の一つとして、経営者のリスク管理能力の欠如が挙げられるのではないかと思います。いわゆる、損切りのできない体質です。
オリンパスの事例で言えば、不良債権が生じた時点で、それを決算報告していれば、このような事態には陥らなかったはずです。

それを隠したところ、たまたまばれずに上手くいった。一度そのような状態を経験すると、次も同じような行動を取ろうとします。
これは、順張り思考の悪い側面です。良い状態は順張りで、悪い状態は逆張りで対処しなければなりません。

そして最も悪いことに、その行動はどんどんエスカレートしていってしまいます。それに気付いた者や、気付きそうな高い見識を持った者を、徹底的に排除するようになってくるでしょう。
そのような意識や行動は、やがて企業風土として根付いてしまい、やがて誰も何も言わなくなってしまいます。

そうなると、帝王バブルの誕生です。もはや逆らうものは誰もいないのですから、やりたい放題になってしまいます。
しかし、それだけ脇が甘くなってしまいます。冷静に考えれば無理だと分かることを、何でもできると勘違いして、やがて自滅していくわけです。

これはまさにバブルの構造そのものです。その状態は、既にパンパンに膨らんでいるわけですから、ちょっとした針の一突きで、いとも簡単に破裂してしまうことになります。
しかし、悲しいかな、帝王にとっては破裂する瞬間まで、あるいは破裂してもなお、そのことに気付かないのでしょう。

糾弾されたり、罰を受けたりして初めて、自らのバブルが崩壊したことに心底気付くのです。そうなるまでには、徹底した責任逃れに奔走することでしょう。
しかし、逃げ場はありません。早く自らの非を認めればともかく、抵抗すればするほど、自らの首を絞めていくことに、果たして気付くことができるのでしょうか?

最後までそれに気付かない者の末路は哀れです。中には物理的に自らの首を絞めてしまう者も、少なからず存在するでしょう。
そうならない為には、真実を全て明らかにすると共に、心の底から謝罪し、かつ必要があれば弁済することを心掛けなければなりません。

結局は、それが一人の人間として立ち直るための、一番の近道なのではないかと思います。

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